カルマの法則(因果応報)とは?考え方を理解しよう!

カルマの法則というものを知っていますか?江原啓之さんが言っていたこともあるので名前だけは聞いたことがあるかもしれません。ヒンドゥー教の教えの1つとして存在している思想で、仏教の始祖である「ガウタマ・シッダールタ(仏陀)」が言い始めたと言われる法則です。

スピリチュアルな考え方は様々ですが、実感しやすい法則の1つとして言われています。そのため、カルマの法則と言うものについて知ることで、今後あなたが本気で物事に取り組むことで目に見える違いを体験することができるでしょう。

今回はカルマの法則について詳しくご紹介します。

カルマの法則を知っていますか?

カルマの法則は先述したようにヒンドゥー教の教えの一つです。日本人は信仰の自由があり様々な宗教が混在していますが、全体的に見ると仏教やキリスト教の信者が多いです。

そのため、ヒンドゥー教のカルマの法則について知らない人も多いと思います。しかし実はカルマの法則は日本人にとって関係性の深いものだと考えることができそうです。ではカルマの法則とは何なのでしょうか。

カルマの法則について

カルマの法則の「カルマ」はサンスクリット語で「カルマン」、パーリ語で「カーマ」という言い、「働き」という意味を持っています。

日本語に訳すと、「罪」や「業(ごう)」と訳されることがありますが、「行い」が正しい訳になります。

つまり、カルマの法則とは「行いの法則」、さらに言い換えると「因果応報」が一番近い考え方なのです。

さらにかみ砕くと、「やってきたことの良し悪しが結果をもたらす」という考え方で、これが正にカルマの法則の考え方です。日本人には元々因果応報という言葉が広く根付いていますので、カルマの法則は日本人に最も理解されやすい思想だと言えます。

もちろん、ヒンドゥー教のカルマの法則はそのような単純な構成ではないのですが、根本としては「その行いが結果をもたらす」という意味があり、しないといけないことと、してはいけないことを決めている辺りはほぼ同じだと言えます。

日本では普段から良いことをしていれば良い結果になり、悪いことをしたら悪い結果になるということをよく言われます。「情けは人の為ならず」という言葉もありますが、これも「情けをかけるのは人の為ではなく自分のためで、情けをかければいつか自分に返ってくる」ということなので、大体同じ意味だと言えます。

カルマの法則もこのような内容ですので、「原因と結果の関係の法則」と言う事ができますね。

カルマの法則の基本的な考え方について

カルマの法則についてご紹介していきましたが、カルマの法則の基本的な考え方をもう少し掘り下げてみましょう。

カルマの法則≒因果応報

カルマの法則は先述した通り「因果応報」という四字熟語に非常に近い考え方です。自分の行いの良し悪しが結果の良し悪しを生み出すという考え方のため、出来るだけ良い結果が欲しいなら出来るだけ良い行為をしなければいけません。

ではどのような行いが良いことで、どのような行いが悪い行いになるのかと言うと、人によっては神様や仏様が決めているといいますし、人によっては宇宙の意思のようなスピリチュアル的な力が決めていると言います。

さらにどの行為が良い行いで、どの行為が悪い行いになるのかは、その場の状況や、その人の前世など、今までの「カルマ」によって変わってくるのだそうです。

つまり、あなたが良いと思った行いが良い行いにならないこともあります。

戦争での殺人は善か悪か

あなたは「家族を守るために、国のために戦争で人を殺すのは良い行為なのか?」と聞かれたらなんと答えますか?

かなり賛否両論が分かれるのではないでしょうか?「悪い行いだ」と思う人も多いでしょう。

ただ、本当に悪い行いなのかと言われても断言することができないのです。

家族や国のために命をかけて頑張っている人に対して悪いと思う人はいないと思いますし、もし、殺人が今自分のすべきことなら正しいことだと考えるでしょう。

このように、前もってその行為の良し悪しを判断するのはほとんど不可能だと言えます。もちろん結果を見ればその行いが良いものか悪いものか判別することはわかります。

善行は先人たちの真似をする

その行為が善行だったかそうでなかったか終わった後にわかるでは全く意味がありませんので、最もベターな選択肢として挙げると、先人が築き上げた「善行を積む行為を真似する」ということです。

例えば、様々な宗教の教えや戒律を守ったり、善行と言われている修行を行うのです。このような善行はどの宗教でも人間の欲望を抑えたり、逆らうことがほとんどのため、人間の欲望をコントロールすることが善行に当たると言えるでしょう。欲望を抑えるのは人間にとって苦しみになり得るため、難しさを感じるため、コントロールできるということは素晴らしいことだと言えるでしょう。

そのため、カルマの法則では「出来る限り欲望をコントロールして良い結果を生み出しましょう」ということになるのです。ただし、これは正しくも間違ってもいるのではないでしょうか。

なぜなら、本当にカルマの法則における善行をしようと思うのであれば、良し悪しを決めていると言われている、人間が見ることができない「知覚領域を超えたスピリチュアルな力や存在」に従って行動することが大切なのです。

ではそもそもそのスピリチュアルな力や存在ってあるのかということになりますが、それは次で説明していきます。

カルマの法則におけるスピリチュアルな力について

カルマの法則において良し悪し決めるのはスピリチュアルな力や存在なのですが、スピリチュアルに対して胡散臭さを感じている人も多いでしょう。ただ、カルマの法則を働かせているスピリチュアルな力や存在は実在しているのです。

生物は本能で匙加減をすることができる

人間が一切管理しない自然の中では動物たちは食べる量の加減というものを知っています。例えば、増えすぎたら子供を作らないようにしたり、適応能力が低ければ滅んでいくだけです。それが自然界の摂理なのです。

人間も羞恥心や罪悪感を持っているように、動物もそのような感覚を持っているのです。

人を殺してはいけないことだということをほとんどの人は理解していますから、平気な顔で人を殺すことはできません。このように人間も「なんとなくやりたくない」ということを本能的に感じることができるのです。

アダムスミスの「神の見えざる手」という市場価格を決める理論のように、ルールが決められていなくても、なんとなく従うことで、自然と良い形に落ち着けることができるはずです。

しかし人間は時には無意味に動物を絶滅させてしまったり、戦争で同族を大量に殺してしまったりとやりすぎてしまうことが良くあります。そしてそれがそのうち報いとして現れるのです。

スピリチュアルな力=「なんとなく」

神話や宗教では人間は強い欲望を持った生き物だと言われていますが、実際は本能が持つ「なんとなく」という名のブレーキを感じることができなくなってきているのだと考えられます。

つまりカルマの法則におけるスピリチュアルな力や存在は「なんとなく」なのだということが言えます。いわゆる潜在意識や顕在意識というものです。

「なんとなく」というブレーキをかけているものがなんなのか、脳内にあるシステムなのかなど定義することはできないのですが、確実にスピリチュアルな存在はあるのだと言えるでしょう。

「文明を築いた人間は神の声を聞くことができなくなった」と言われているように、本能に従うことがいけないことだと感じる人も多いのですが、アクセルをかけるだけが本能ではなく、ブレーキをかけることも本能ですので、本能に全く従わないのはカルマの法則を活用できているとは言えないでしょう。

カルマの法則を活かす方法は?

先ほどまで少し難しいことを説明していたので、「実際にはどうしたらいいの?」と思うでしょう。ここではカルマの法則を活かす方法をご紹介します。

小さいものに愛を見出す

小さいものというと、子供や小動物などを連想するかもしれません。もちろんこれは間違いでは無いのですが、日常の中にある小さいものは目に見えないものです。

例えば、食事のときには「いただきます」と「ごちそうさま」を言いますが、これは作った人や食材の命に対して言う挨拶みたいなものです。このときに、「美味しかったです」などと感謝の気持ちを付け加えることが大切なのです。小さいものとは一種の「配慮」のことなのです。

感謝の気持ちを持つ

よく金八先生が「人という字は人と人が支え合って出来ている」と言っていますが、実際にその通りで、人間社会で生きていく上で必ず誰かから支えてもらって成り立っています。自分1人で生きているわけでは無いのです。生活していると、当たり前だと思いがちなことが多々ありますが、このことは全て感謝すべきことなのです。些細なことに気付いて感謝の気持ちを伝えるなどすることが大切なのです。

感謝されて不愉快になる人はいません。日々感謝することで善行を積むことができるのです。

言葉の使い方を意識する

言葉を自由に話すことができるのは人間の特権ともいえる能力です。言葉ひとつでモチベーションが変わったり、印象が変わります。そのため、あなたが口にする言葉を意識することはとても大切なことです。

「素敵だね」「ありがとう」という言葉は聞いていて素敵だと思いますが、同じ意味でも若者言葉として使われている「まじやばい」や「あざっす」などはあまり良い印象を受けません。

言葉には魂が宿ると言われていますので、いい加減な言葉で言われるくらいなら言われないほうがマシです。言葉の使い方を意識することで、綺麗な言葉遣いになるでしょう。

一日一善をする

良いことをすると言っても漠然としていてどうしたらいいのかわからない人も多いでしょう。良いことの1つとして他人の訳に立つことが挙げられます。自分の心身のため奉仕するのではなく、人の訳に立って社会が上手く回ればいいと思いながら行いましょう。会社で仕事をするのは当たり前のことですが、それと同じように一日一善してみましょう。

ただし、我慢してまでやることではないので、嫌なことならしっかりと断りましょう。

善行を日々積み重ねることで、良い結果が待っているもんですから、一日一善を心がけて生活をしてみましょう。

倍返し

半沢直樹の「やられたらやり返す、倍返しだ!」というフレーズが有名ですが、ここでの倍返しは良い行いをされたら倍にして返すということです。

嬉しいことや楽しいことをされたら、誰かに倍にして返すようにしましょう。

善行は輪廻転生の時に非常に関わるものですので、積極的に行いましょう。

平常心を保ち続ける

感情的になると良いことはありません。感情が不安定になったりむき出しの状態になることはよくあることです。人に裏切られて人間不信になってしまったり、お金で失敗をして落ち込んだり、平常心を保てなくなるときはもちろんあるのですが、そんな状況になったときにどれだけ冷静でいられるかがとても大切なのです。

毎日平常心を保ち続けることで、心穏やかに過ごすことができるでしょう。感情的になりやすければ瞑想をして魂を落ち着かせるといいでしょう。

経験をする

カルマを「業」と訳すことがあります。生活をしていく中でたくさんの経験をする必要があると言う事なのです。経験は人生を豊かにするためにとても大切なことです。例えば、家でゴロゴロとゲームをしているよりも外に出て出かけてみるのとでは出会いの数や発見の数が違います。

外に出ることで良好な人間関係を築いたり、恋愛でも誰かに対して愛を持った結果結婚するということもよくあることなのです。経験をすることは非常に大切な事なのだと言えるでしょう。社会の中に飛び込んで家の中という狭い世界ではなく、もっと広い世界を見たほうが良いのです。

受容する

日々生活していると良いことだけでなく自分にとって悪いことが起きるものです。その時に不満や怒りをあらわにするのではなく、まずは受容していきましょう。

精神的に成熟していないと難しいことなおですが、これをすることで負の気持ちを失くすことができます。そうすることで負の連鎖から解放されることができるでしょう。

悲観的にならない

人は輪廻すると言われています。そのため、悪い行いをしたらすぐに帰ってくるわけではなく、転生してから帰ってくると考えられています。今不幸なのは前世によるものだと考える人もいます。

そのため、悪いことがあったとしても悲観的にならず、自分自身の運命を受け止めて全うするしかありません。

カルマは逃げられると捕まえようと追いかけてきます。逃げずに立ち向かう勇気が必要なのです。カルマと向き合えば、あなたの人生は良くなっていくでしょう。

人間観察

「類は友を呼ぶ」というように同じような人たちが集まるため、あなたが克服できないことがある場合は、周りの人を観察することですぐにわかります。つまり周囲の人間性はあなたの人間性を投影しているともいえるでしょう。もし連続して幸運に恵まれていれば、問題が解放されていると言えます。負のオーラは負のオーラを呼び、いじわるは意地悪を呼ぶように、良い人には良い人が集まります。

あなたの行いが正しいかどうかは相手や周囲の人を観察することで判断していきましょう。

まとめ

いかがでしたか?今回はカルマの法則についてご紹介していきました。前半はかなりスピリチュアルな話になってしまったため、難しさを感じてしまうかもしれませんが、活用方法は取り入れやすい方法ですので、実際に取り入れて良い気を吸収していけると良いですね。

カルマの法則は輪廻転生に関わることですので、もし不幸が多い人は先祖や前世で良くない行いをしていたと思って受け止めて改善いき、善行を積めば、地上人生を良くすることができるでしょう。