愛嬌がある人とない人の違いを紹介!どんな特徴や雰囲気がある?

その昔ここ日本では、よく「男は度胸、女は愛嬌」といった格言が口遊まれていました。度胸というのは理解出来ますが、愛嬌というのは何でしょう。また愛想とは異なる感じなのでしょうか。時として、日本語の使い分けには頭を悩まされてしまいますね。

簡単に説明しますと、愛想というのは人に応対した時の態度や様子のことで、一方の愛嬌というのは本人に備わっている可愛らしい仕草をする人といった意味になります。この記事では、愛嬌があるという人のことについて色々と分析していこうと思います。

愛嬌がある人とない人の相違

これは筆者の所見と、これまでの人生を通じて思うことですが恐らく、不愛想な澄まし顔の美人と絵に書いたような平凡顔で愛嬌たっぷりの人と、どちらがモテるかといいますと世界共通で愛嬌たっぷりの人が断然モテます。愛嬌のある人が近くに居るだけで、空気感が良くなりますし何より一緒に居ても気が楽なのです。

どれだけ顔立ちが整っている美人な女性でも、澄ました顔して愛嬌の欠片も無い人と一緒に居れば、周りの人に構って欲しいの?と思ってしまいますし…ツマラナイなら帰れば?とも思ってしまいますので、嫌な心象しか思い浮かばないのです。もちろん、顔立ちが美人で愛嬌抜群であれば天下無双のモテ女子は確定です。

愛嬌がある女性の心理と特徴

それでは、世間でいうところの愛嬌がある女性と、そうでない女性との明らかな違いは、どの部分なのでしょうか?この記事では、その点についてと愛嬌がある女性に照準を当てて記述を進めていきます。同じ人間で同じ女性なのに、どういう経緯で愛嬌があるないの二手に分かれるのでしょうか。

いかなる場合でも愛嬌があって、周りの人たちを前向きで温和な気持ちにさせてくれる女性には、どのような心理や特徴があるのでしょうか。そんなに、いつも幸せな気持ちになるようなことがあるのでしょうか。ここでは、愛嬌がある女性の性質などを項目別に振り分けて、ご説明していきます。

愛嬌のある人は周りを和ませる

例えば、職場やチーム内でミスがあり険悪なムードが室内に広がっていたとします。そんな時、愛嬌のある人は知ってか知らずかニコニコしながら、平気で場違いのことをキッパリと発言します。いつも、そんな人であることは周知に事実なので、悪気がないことも知っているため、思いっきり突っ込まれてしまいます。

ですが、その愛嬌のある人の場違いな発言のお陰で拍子が抜けてしまい、緊迫した空気から皆が開放されて場が和みます。とりあえずは、愛嬌のある人が水を差しやがってと周りにイジられるでしょうけど、本当は感謝されています。結果的に、周囲の人から重宝される存在となってムードメーカーになることも多いです。

愛嬌のある人と一緒なら楽しい

人間は基本的に、仲間や恋人でも実は同じですが、一緒に居て楽しいと思う人と一緒に居るものです。どういうことかと言いますと、別に常に笑っているという楽しさではなく、一緒に居てて心地よいと感じる時間が長いことを、楽しいという言葉に置き換えているとも言えるでしょう。もちろん大笑いする楽しさもあります。

その心地よさを感じる時間が長い理由は、他人の悪口を言わず何でもプラスの方向にしか考えないのも、愛嬌がある人の特徴です。恋愛していて、こちらが落ち込んでいても軽く大丈夫などとは言わず、物事を自分のことと捉えた上で一緒に考えてくれます。そして、結果ポジティブな方向で頑張ろうと言ってくれるのです。

愛嬌のある人はニコニコしてる

愛嬌のある人ってどんな人?と聞かれれば、まず殆どの方はニコニコしている人とか、いつも笑顔の人といった回答が最も多いと思います。まさに回答通りでして、まわりの人間に不快な思いをさせたくないという心理で、笑顔でいることを心がけているはずです。挨拶する時も、会話している時も笑顔の印象が強い人です。

そういう人ですので確かに元々、コミュニケーション能力があるのかも知れません。ですが、人間は相手が無理しているか地のままかを判断する能力がありますので、作り笑いなら即座にバレます。でも愛嬌のある人は、基の性格が笑顔という表情にさせているのです。だからこそ、いつの世の男性たちにもモテるのです。

愛嬌のある人は気配り上手です

愛嬌のある人は、感情を素直に態度で表しますし意外と思ったことを、ハッキリと言葉にすることが多いのも特徴です。でも、相手の反応によってはピタッと口を噤みます。その行動から見ても、気配りの上手な人だと考えられますし、そういった対処法も好感が持てる一つの理由になっているようにも感じられるのです。

愛嬌が良いという面と、気配り上手という面は一見あまり関係性が無さそうですが、実は心理的に共通点があります。まず場所・時・様子など、お構いなしに愛嬌を振りまく訳ありません。それに気配り上手だからこそ、相手の様子や状態など空気を読んだ動きが出来ます。ですので、愛嬌と気配り上手はセットなのです。

愛嬌のある人は喜怒哀楽が鮮明

愛嬌のある女性は、普通の人より気持ちや感情を少しオーバーに表現します。嬉しい時は素直に喜んで、頭にきたら本気で怒り、哀しいことがあったら泣いて、楽しいことがあったらケラケラ笑います。その、いかにも人間らしさ満開な部分も、根強い男性人気の要因となっていることは間違いあちません。

しかも、喜怒哀楽の喜の面では、本当に嬉しそうに喜ぶので周りから見ていても穏やかな気分にさせてくれます。それから、怒の面でも本気で怒ってはいるものの、周りがピリッとなるような怒り方ではなく、プンプンと怒っている様子で本人には失礼かもですが、何だか可愛気のある感じの怒り方をします。

愛嬌がない人の雰囲気と言動

決して性格が悪いという訳でもないのに、愛嬌がないと言われる人が結構いらっしゃいます。例えば、特に本人は意識していないのですが、ドライな応対をする人や表情が豊かではない人が多く、その時点で愛嬌がないというレッテルを貼られてしまいがちです。おまけに、作り笑顔なども出来ないので尚更です。

別に本人はブスっとしている気などありませんが、どうしても世の中には愛嬌のある人が存在するので、他者からすると無意識の内に比較してしまっているためか、取っ付き難いイメージを抱いてしまいます。ここでは、その愛嬌がない人の雰囲気や言動などについて、項目別で振り分けた上でご説明致します。

愛嬌がない人は一人で取り組む

まず愛嬌のない人は、仕事にしても何にしても周りと協力して取り組むということが苦手なのは確かです。どちらかというと、単独で頑張るタイプが多いと言えるでしょう。これは、周りの人が嫌いという訳ではなくて、実は根が真面目なため自分の任務は最後まで、責任を持って成し遂げなるという意識が強いだけなのです。

もし困難な状況でも何とか踏ん張るため、周囲の人たちからは可愛気がないとか、頑張ってるアピールしていると見られてしまいます。陶芸家のように室内に一人きりという環境なら理解出来ますが、周りに人が居る場において一人で務めるのは逆に失礼にもなるので、チームワークを作ってリーダーになる方向で努めましょう。

愛嬌がない人はプライドが高い

世間で言うところの愛嬌がない人からすれば、愛嬌を振りまくことは媚びを売ることだと考えています。その姿が人として自尊心のない哀れな様子に映るため、愛嬌のある人を見て思うことは「あのようになったら人は終わり」というだけです。何の得があって愛嬌を振りまくのか?と思う感覚は、筆者も同じくそう思います。

それに、人としての尊厳と誇りを持って生きているので、一見プライドのない姿に映りがちな、愛嬌がある人に対しては軽蔑することもあります。でも、愛嬌がない人ほど本当は優しい性格でシャイなだけですから、近づきにくいなどと周りに思われるのは勿体ないので、少しずつでも他者に歩み寄ってもらいたいものです。

愛嬌がない人は人見知りをする

愛嬌がないと言われる人は、自分から他人に対して心を開いて話しかけたり相談することはありません。ですので、基本的に用事がある時以外は特にコミュニケーションを取ろうとはしません。大した要件もないのに、人に対して気軽に話し掛けるべきではないとも思っています。要するに不器用であるとも言えるでしょう。

先に述べました通り、シャイな性格も影響して自らアプローチするようなことも滅多にありません。愛嬌のある人は人見知りすることなく話し掛けます。そういう人は愛嬌のない人からすると嫌悪感を抱きます。でも、その心が表面化すると相手も嫌悪感を抱く可能性が高くなり、人間関係も悪い方向へ傾き孤立してしまいます。

愛嬌がない人はサバサバしてる

元来、愛嬌があるという言葉の由来を辿りますと、女性に充てるために出来た熟語であることが判明しています。つまり、愛嬌がないという人は男っぽいという意味にもなりえます。社会人男性の中にも、サバサバ系女子が好きな男子も居ますので良し悪しの話しではありませんが、愛嬌のない人と思われることは確かです。

ある見方からすれば、サバサバした女の人は格好いいかも知れませんし、後輩などから憧れる人になることも十分考えられます。それが性分だと言い切るなら、そのままでもいいでしょう。ですが、社会に出るのであれば、例え力を使うガテン系の仕事でも、愛嬌のないサバサバした言動のままであれば必ず苦労します。

愛嬌がない人は無表情で無愛想

愛嬌がある女性とは、相対する全ての人に笑顔で感じ良く接する女性のことを言います。それでは、その逆はと言いますと、全ての相手に対して無表情で無愛想に応じることだと思います。まさに、それが愛嬌がない女性の典型例です。相対する人間に、愛想を振りまく必要はありませんが、不愉快にさせる理由もないです。

それが自分という人間だから仕方ないと言うのであれば、人と一切関わりを持たない世界で、自給自足の生活を営んで生きる道を探して下さいとしか言えません。人という動物として生きる以外ないです。人は人の間に入ることで生きられるから人間なのです。せめて他人を不愉快にさせない表情ぐらいは意識してほしいです。

まとめ

今回は、愛嬌のある人とない人について記述させて頂きました。愛嬌のない人の最後のほうに、厳しい文言を記していますが、愛嬌がないということだけで、その人の良い面まで失われる形になるのが歯痒いからです。

誰だって素のままの表情で、適当な感じの応対をしていられたら楽だろうなと思うことは多いはずです。でも何事もなく心も体も無事で一日を終えるためにも、愛嬌のある人であったほうが良いのは確かなことなのです。

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